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介護10年を振り返って — 3つの家族の物語

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介護は「正解のない問い」の連続だった

母の介護10年。振り返ると、正解なんてなかった。施設に入れた時は罪悪感で眠れなかったし、在宅の時は自分が壊れそうだった。でも、あの日々があったから今の自分がある。 — Xユーザー(介護経験者・50代女性)2026年3月

父の介護で兄弟と絶縁しかけた。誰が面倒を見るか、お金をどうするか、全部揉めた。介護って本人だけじゃなくて家族の関係も壊す。でも、壊れたからこそ本音で話せるようになった部分もある。 — Xユーザー(遠距離介護経験・40代男性)2026年4月

介護は、ある日突然始まります。準備する時間も、覚悟を決める猶予もありません。そして一度始まると、数年から十数年にわたって続きます。

この記事では、10年以上の介護を経験した3つの家族の物語を紹介します。在宅介護を選んだ家族、遠距離介護に奔走した家族、施設入所を決断した家族。それぞれの選択に正解も不正解もありません。ただ、その物語の中に、いま介護に向き合っているあなたの支えになる言葉があるかもしれません。

この記事でわかること:

  • 在宅介護・遠距離介護・施設入所、3つの家族のリアルな体験談
  • 介護の長期化がもたらす家族関係の変化
  • 10年介護した人が「今だから言えること」

家族介護の現実 — データで見る「10年介護」の重さ

個別の物語に入る前に、家族介護の現実をデータで確認します。

項目数値出典
要介護認定者数約706万人(2024年度)厚生労働省「介護保険事業状況報告」(2024年度)
同居の主な介護者の平均介護期間約5年1ヶ月生命保険文化センター「生命保険に関する全国実態調査」(2024年)
10年以上介護している人の割合約17.6%同上
介護離職者数(年間)約10.6万人総務省「就業構造基本調査」(2022年)
家族介護者のうつ傾向の割合約30%厚生労働省「国民生活基礎調査」(2022年)

約5人に1人が10年以上の長期介護を経験しています。そして、介護者の約3割がうつ傾向を示すというデータは、介護が心身に与える影響の大きさを物語っています。


物語1:在宅介護を選んだ佐藤家 — 「母を家で看たい」という思い

始まりは小さな「あれ?」だった

佐藤恵子さん(仮名・58歳)が母親の異変に気づいたのは、2015年の正月でした。毎年完璧に作っていたおせち料理の品数が半分になり、同じ話を1日に何度も繰り返す。「年のせいかな」と思い始めてから認知症の診断が下りるまでに、1年以上かかりました。

「最初は認めたくなかったんです。元気だった母がまさか、って。でも振り返れば、あの1年間が一番つらかった。何が起きているかわからない不安が一番怖いんです」

在宅介護の現実 — 1日のスケジュール

認知症が進行するにつれ、佐藤さんの生活は母親中心に回り始めました。

時間内容
6:00起床・母の着替え介助
7:00朝食準備・服薬管理
9:00デイサービスの送り出し(週3回)
9:30-15:30パート勤務(デイの日のみ)
16:00母の迎え・入浴介助
18:00夕食・口腔ケア
20:00就寝準備
夜間2-3回のトイレ介助

「自分の時間は、母がデイサービスに行っている間のパート勤務の時間だけ。皮肉なことに、仕事が唯一の息抜きでした」

転機 — 限界を認めた日

在宅介護7年目、佐藤さんは自分自身が倒れました。過労とストレスによる帯状疱疹です。入院中、ケアマネジャーから「ショートステイ」の利用を強く勧められました。

「それまで『人に預けるのは申し訳ない』と思っていました。でも入院して初めて、自分が倒れたら母の介護をする人がいないことに気づいたんです」

ショートステイの利用を始めてから、佐藤さんの介護は大きく変わりました。月に1週間の「自分の時間」ができたことで、心に余裕が生まれたのです。

佐藤さんが10年介護して学んだこと: 「介護は一人でやるものじゃない。制度やサービスに頼ることは、弱さじゃなくて知恵です。もっと早く知りたかった」


物語2:遠距離介護に奔走した田中家 — 東京と秋田、600kmの往復

突然の電話

田中誠さん(仮名・52歳)のもとに秋田の実家から電話が入ったのは、2014年の冬でした。父親が脳梗塞で倒れたという知らせ。東京でIT企業に勤める田中さんにとって、介護は「まだ先のこと」だったはずでした。

「正直、最初は地元の兄に任せるつもりでした。でも兄も仕事があるし、母は父の介護で手一杯。結局、東京と秋田を行き来する遠距離介護が始まりました」

月2回、片道4時間の現実

項目内容
移動頻度月2回(金曜夜出発→日曜夜帰宅)
片道の移動時間約4時間(新幹線+在来線)
月間交通費約5万円
年間交通費約60万円
有給取得日数年間20日(上限ほぼ全消化)

「交通費だけで年間60万円。介護保険の自己負担分と合わせると、年間100万円以上が出ていきました。貯金がどんどん減っていく恐怖は、介護のつらさとはまた別のストレスでした」

兄弟間の温度差

遠距離介護で最もつらかったのは、兄との関係だったと田中さんは振り返ります。

「兄は『お前は月2回来るだけでいいよな。こっちは毎日だぞ』と言う。僕は僕で『移動だけで疲弊してるのに、わかってもらえない』と思う。お互い疲れていて、相手の大変さを想像する余裕がなかった」

介護で一番揉めるのは兄弟間。親のことなのに、結局お金と手間の押し付け合いになる。自分たちもそうだった。話し合えるうちに話し合っておくべき。 — Xユーザー(遠距離介護経験・50代男性)2026年3月

転機は、地域包括支援センターの相談員に「家族会議」を提案されたことでした。第三者が入ることで、兄弟それぞれの役割分担が明確になり、感情的な対立が減ったといいます。

田中さんが10年介護して学んだこと: 「遠距離介護は、テクノロジーと制度を最大限活用すること。見守りカメラやオンライン面会は本当に助けになった。あと、兄弟間で『ありがとう』を言い合うこと。これが一番難しくて、一番大事だった」


物語3:施設入所を決断した鈴木家 — 「裏切り」ではなかった選択

「施設に入れるなんて」という罪悪感

鈴木久美子さん(仮名・55歳)は、義母の介護を12年間続けた末に、特別養護老人ホーム(特養)への入所を決断しました。

「義母はいつも『最期まで家にいたい』と言っていました。だから施設に入れる決断をした時、自分が義母を裏切ったような気持ちになりました。夫は賛成してくれましたが、義姉からは『あなたが楽したいだけでしょ』と言われました」

在宅介護の限界点

鈴木さんが施設入所を考え始めたきっかけは、義母の夜間のひとり歩きでした。

時期義母の状態鈴木さんの状態
介護1-3年目軽度認知症・日常動作は自立パートと両立可能
4-6年目中度認知症・入浴や排泄に介助が必要パート退職・睡眠不足
7-9年目重度認知症・夜間のひとり歩きあり慢性的な体調不良
10-12年目寝たきりに近い状態限界を感じ施設入所を検討

「夜中に義母が家を出ようとするのを止めるために、毎晩3時間おきに起きていました。2年間、一度も朝まで眠れなかった。体重は10kg減りました」

施設入所後に気づいたこと

特養に入所してから、鈴木さんの生活は一変しました。しかし、罪悪感が消えるまでにはさらに時間がかかったといいます。

「最初の3ヶ月は、毎日面会に行っていました。行かないと不安で。でもスタッフさんから『久美子さんが毎日来てくれるから、お義母様は安心されていますよ。でも久美子さんも自分の生活を大事にしてくださいね』と言われて、涙が止まりませんでした」

入所から1年後、義母は穏やかな表情で過ごす時間が増えたといいます。24時間体制のプロの介護を受けることで、義母の状態はむしろ安定しました。

鈴木さんが12年介護して学んだこと: 「施設に預けることは『見捨てる』ことじゃない。プロに任せることで、自分は『家族』に戻れる。介護者でいる時間が長すぎると、家族としての関係が壊れてしまう」


3つの物語に共通する5つの教訓

3つの家族の物語から浮かび上がる、共通の教訓をまとめます。

教訓1:早期の情報収集が介護の質を決める

3家族とも、「もっと早く知りたかった」と口を揃えます。介護保険制度、地域包括支援センター、ショートステイ、見守りサービス。使える制度やサービスを知っているかどうかが、介護の負担を大きく左右します。

最初の相談先: 地域包括支援センター(全国に約5,400ヶ所設置。市区町村のウェブサイトで検索可能。厚生労働省 地域包括支援センター

教訓2:介護者自身のケアは「贅沢」ではない

佐藤さんは過労で倒れ、田中さんは年間有給をすべて使い果たし、鈴木さんは10kg痩せました。介護者が倒れれば、介護そのものが立ち行かなくなります。

介護者のセルフケア具体的な方法
レスパイトケアショートステイ・デイサービスの活用
相談家族会・地域包括支援センター・オンライン相談
経済的支援高額介護サービス費・介護休業給付金の申請
健康管理定期健診の受診・睡眠時間の確保

教訓3:家族間の役割分担を「仕組み化」する

田中家の事例が示すように、「誰が何をするか」を明文化しないと、感情的な対立に発展します。第三者(ケアマネジャーや地域包括支援センターの相談員)を交えた家族会議は、多くの家庭で効果があると報告されています。

教訓4:「正解」は家族ごとに違う

在宅介護が正しいわけでも、施設入所が正しいわけでもありません。大切なのは、その時点で最善と思える選択を、家族で話し合って決めることです。

教訓5:介護は「終わり」ではなく「変化」の始まり

父を看取って3年。介護が終わった喪失感って誰も教えてくれなかった。10年間「介護する人」だったのに、急にその役割がなくなる。自分は何者なんだろうって、しばらく思ってた。 — Xユーザー(介護経験者・60代女性)2026年4月

介護が終わった後にも、「介護ロス」と呼ばれる喪失感を経験する人がいます。3つの家族の物語が教えてくれるのは、介護とは人生の一部であり、その経験は必ず次の自分を形作るということです。


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まとめ — あなたの物語も、きっと誰かの力になる

3つの家族の物語を紹介しました。在宅介護を選んだ佐藤家、遠距離介護に奔走した田中家、施設入所を決断した鈴木家。選んだ道は違っても、「一人で抱え込まない」「使える制度は使う」「家族で話し合う」という教訓は共通していました。

いま介護に向き合っているあなたへ。あなたの選択は間違っていません。完璧な介護などどこにも存在しません。大切なのは、あなた自身も健康でいること。そして、困った時に助けを求めること。

最初の一歩: まだ相談したことがない方は、お住まいの地域の地域包括支援センターに電話してみてください。「何を聞けばいいかわからない」という状態でも大丈夫です。それが、介護を少し楽にする最初の一歩になります。


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